全体を見渡すか、それとも一つずつ地道に攻めるか

英語に限らずなんでもそうですが、全体をざっと見渡すことと、個別の事例にあたってみること、この2つは両方とも大切な作業です。

網羅型学習と実体験型学習

全体をざっと見渡す方法を、網羅型学習と呼ぶことにします。勝手に。


例えば辞書で単語を調べると、そこにはその単語の一通りの意味が羅列されています。
文法書を読めば、一通りの文法知識が羅列されています。
単語帳はそれぞれの目的ごとに必要とされる単語が羅列されています。


このように情報が羅列されていると、一つの事柄についての全体像を把握できます。
個別に見ていったとしたらなかなか気付かないような項目に出会うこともあります。
その一方で、単なる情報がずらずらと羅列されており、具体性がなく覚えづらいという短所もあります。
学習初期に文法書を通読したり、単語帳を暗記しようとしても効果が薄いのは、情報が網羅されていてメリハリがないからです。
網羅された情報に触れる網羅型学習は、知識の整理には向いていますが、学習のスタート地点には向かないのです。


この網羅型学習と対を成すのが、実際の英文の中で個々の実例に当ってみる「実体験型学習」です。
よく単語は文脈の中で覚えろといいますが、それは実例を目の前にして意味をとらえているので、具体性があって記憶にも残りやすいからです。
しかし、この方法だと逐次的で全体像がなかなか見えなかったり、次から次へと新しい用例が出てきていつまでもきりがない感じがするという欠点もあります。

網羅型学習
○ 全体像が分かる。知識の穴に気付ける。
× 単なる情報の羅列でメリハリがない。覚えられない。
  例)辞書・単語帳・文法書


実体験型学習
○ 実際の事例に沿っているので分かりやすい。記憶に残りやすい。
× 個々の事例が全体のどこに位置しているのか分からない。次々に新しい例が出てきてきりがない。
  例)文脈で覚える、多読、精読


1.両方のやり方を混ぜるのが吉
網羅型の代表である辞書・単語帳・文法書は、悪しき学校教育の象徴として批判される代表格です。
メリハリなく情報が羅列されていて重箱の隅をつつくような細かい項目まで取り上げられていたり、とてもじゃないけど覚え切れない量をムダに暗記させられたりするからです。
この反省から、単語を文脈で覚える方法や、多読で実際の英文に大量に触れる中で英語を理解しようとする方法が勧められています。


しかしながら、さきほど見たようにこの2つの方法はそれぞれ長所と短所をあわせ持つので、むしろ積極的に組み合わせたほうがその効果は高くなります。
実体験型学習は分かりやすく覚えやすいという長所はありますが、情報の与えられ方が逐次的なので、網羅型学習により情報を整理することで記憶をよりいっそう強化することができます。
ある程度単語を覚えたら今度は単語帳で知らない単語をチェックしたり、語源や同義語でそれらを整理するのも非常に有効です。
逆に、受験で詰め込まれた文法が多読で定着することも期待できます。
いたずらに2つの方法の優劣を競うのではなく、上手に組み合わせることが重要といえるでしょう。


速読速聴シリーズは、この組み合わせをうまく使った教材の一つです。

速読速聴・英単語 Basic 2400 ver.2

速読速聴・英単語 Basic 2400 ver.2

ここではなるべくまとまりのある英文を用いながら、同時にシリーズ全体でもって単語帳としての網羅性も確保しています。
自分は速読速聴シリーズは買うだけ買ってロクにやらなかったので勧める資格は全然ないのですが、英語をやり始めてすぐの時ならばこういう方向性の教材を使うといいと思います。


そして英語に慣れてきたら、思いっきり網羅に偏った学習、思いっきり実体験に偏った学習をすることが容易になってきます。
読みたい英文を好きなだけ読むこともできるし、単語帳を見ても知らない単語が少なくなりとっくに知っている単語の意外な意味に簡単に目が届くようになります。



2.英語の慣れの度合いによって効果が変わる
とはいっても、英語を学習し始めたばかりの人は、そんなにうまくいきません。
ここが英語の、というよりも勉強とか仕事とかなんでも新しいことを始めることの難しさなのですが、網羅型・実体験型いずれの方法でも最初は思ったような効果が出ないのです。


例えば英語に慣れている人は、網羅型の情報に触れることで新しい発見があり、自分の知識の穴を見つけることができます。
また、実体験型の学習をすることで記憶を強化させることも可能です。
しかし、慣れない人にとっては網羅型の情報提示をされても重要なものとそうでないものの見分けがつかず、また実体験にも基づいていないのでさっぱり記憶に残りません。
なにも基礎のないところに単語帳の暗記をしても覚えられなかったりするのはそのせいです。
かといって、実体験型ではいつまでたっても全体像が見えず、限りなく新しい知識を覚えなければいけないような気になってしまうのです。
英文を読むときに辞書を引きながら精読しようとして、途中で挫折するのがいい例です。


このように、英語に慣れていれば網羅型・実体験型両方のやり方で効果が得られるのに対して、不慣れな段階ではどちらのやり方でもうまくいきません。
英語学習法はたくさんありますが、だいたいはこの立ち上がりの難しさをどう克服して軌道に乗せるかに焦点があてられています。
英語をやり始めるなら少なくともこの土俵に立っている学習法を選んだほうが危険が少ないと思います。
よくあるアドバイス「英語は単語力がすべてだから語彙力があればあとはとりあえず大丈夫」とか「文法なんて知らなくてもOKたくさん英語に触れれば自ずと分かってくるよ」というのは、英語が最初からできた人の経験談なので当てはまらない場合が多いのです。
なので、せめて学習初期の辛さが分かっている人についていったほうが生き残る確率は高いです。


3.慣れないうちは難易度を下げる
網羅型学習は、網羅している範囲が広すぎると役に立ちません。
いきなり辞書を頭から読んでも意味がないし、どうせやるなら難易度の低い薄い単語帳のほうがよさそうです。
実体験型学習も、最初は簡単なものから始めるしかありません。
簡単な英文を多読・精読していくのです。
ここで気をつけたいのは、例えば英語に慣れないうちは実体験型学習が向いていて、慣れているなら網羅型学習が向いているというように、慣れの度合いでどっちかに切り替えるわけではないということです。
英語がよく分からないうちはどっちの方法でも効果は出づらいし、英語が分かってきたらどっちの方法でも効果があるからです。
最初の頃は多読がいいとかまずは文法書を通読しろとか単語帳は捨てて文脈でとらえたほうがいいとか、そんな単純ではないのです。
最初は簡単な文法書を読む、簡単な多読をする、大事なのは自分に合った難易度で自分に合った学習方法を選ぶことです。


4.せっかくの長所が生かされていない方法はなるべく避ける
例えば、1日1個ずつ英語表現を紹介します、みたいなサイトやメルマガがありますが、まさにどっちつかずです。
実体験型学習としてみるなら量が少なすぎますし、かといって網羅性もありません。
第1回目の時点でこれから紹介する予定の英語表現を全部網羅してくれていれば一番良いのですが、残念ながらそういうサービスは見たことがありません。


どうせやるならば次善の策として、すでに相当数の英語表現が紹介されているサイトやメルマガのバックナンバーを見ることをお勧めします。
そういうところはこれまでのストックがあるので一覧性が確保できるからです。


例えばアルク映画フレーズつまみぐいは、実例に即していながらもバックナンバーによって一覧性・網羅性も確保しており、さらには映画・ドラマ表現集にありがちな“そんな言うほど出てこないクリシェ”は極力排除されていたりしてかなりお勧めです。


最後に
私は英語やりなおし直後にいきなり精読したり単語帳の暗記をしたりしていたので必ずしもここで書いた通りの流れを辿ったわけではありませんが、最大公約数的に言うならこのようになると思っています。
また、「絶対○○しないとダメ!」という方法論を批判していますが、実のところそういうある種キワモノ的な学習法にも良い所があるとも思っています。
例えばSSS多読方式は理屈としては納得いかないところが多いものの、実際自分はGR多読をSSS方式でやって3ヶ月でTOEIC950点だったわけで、結局のところ英語学習法なんて自分に合った方法を見つけたもん勝ちなわけです。
で、そこで「まあ一つのやり方ではあるけど万人向けではないし、提唱者もそれくらい分かってるよね」と思いながら次に行くのか、それとも額面通りに受け取って「○○方式で成功者もいるから間違いない!」と信仰するのか、という学習法そのものの良し悪しと関係ない価値判断が残るのです。


“英和辞典は捨てなさい”でも“文法は勉強するな”でも何でもいいのですが、英語が得意な人がそういう結論に至った背景とか本当に言わんとするところを文脈からバッサリ切り落して煽り文句だけ取り出し引用することが英語学習アドバイスには多いように思います。
単語帳は確かに万能ではないけれども単語の整理にはもってこいだし、好きな内容の英文なら精読なんて気にならない場合だってあります。
状況に応じてやり方を使い分けることができれば、そんな空虚な断定口調には惑わされなくなるはずです。