『誤訳に学ぶ英文法』に学ぶ(ネタバレ注意)

ロアルド・ダールの短編を題材に、原文と翻訳を比較して誤訳している箇所から英語を学ぼうという、柴田耕太郎さんの『誤訳に学ぶ英文法』というシリーズがあります。
この正月にロアルド・ダール短編集を読んだのでさっそく『誤訳に学ぶ英文法』を読んでみたところ、普段英文と和訳とを比較する機会がなかなかない私にとってはとてもいい力試しになりました。
自分の知らない知識はもちろんですが、知っていると思い込んでいるがゆえに疑問を持ったり調べたりしなくなってしまい、結果として読み間違ってしまうという危険性を改めて確認できたのが収穫です。


例えば、
第17回 (10月上旬号)『ジョージ・ポーギー』の気になる表現

(―Roald Dahl, Roald Dahl Collected Stories, p.)

  • He is civil and dignified, and I imagine he is lonely because he likes nothing better than to sit quietly in my room and listen to me talk.
  • 礼儀正しく、威厳のある男で、彼が孤独なのは、私の部屋に静かに座って私の話を聞くのがなにより好きだからではないかと想像している。


[解説]
何で「孤独」なのかがわからない。この lonely は「孤独」でなく「社交ぎらい」「一人でいることを愛する」の意味。imagine は、以下全文に掛かるのでなく、he is lonely に掛かる。

英文のこういう箇所はいつも何気なく読んでしまっているのですが、確かに解説の通りbecause以下をひとかたまりで読むのが正しそうです。


第22回 (12月下旬号) 『豚』

(―Roald Dahl, Roald Dahl Collected Stories, p.)

  • They had known her for two days, that was all, and she had a thin mouth, a small disapproving eye, and a starchy bosom, and quite clearly she was in the habit of sleeping too soundly for safety.
  • 二人があの女と暮したのはたった二日、たったそれだけ、知っていることといえば、薄い唇、それと認めがたいような小さな眼、骨ばった胸、それに、ぐっすりと実によく眠る女だということぐらいだ。


[解説]
too 〜 for O は「(人・事)にとって〜すぎる」

これも、“too much for her”とかなら理解できるのに、“too soundly for safety”になるとお手上げでした。


こんな具合にとても勉強になった部分と、さらにいくつか疑問に思った部分があるのでここでまとめてみました。
作品のネタバレになることが書いてありますのでこれから原作を読もうとしている人は注意してください。
それから、誤訳に学ぶ英文法からの引用に、Roald Dahl Collected Storiesの該当ページを私のほうで付け足してあります。
また引用は、明記せずに「中略」している場合があります。


知っていると思い込むと間違える可能性がある

一見簡単そうな単語などは、意外な意味があってもスルーしてしまう場合があります。
これはプロの翻訳ではなく素人の趣味であれば肩肘張らなくてもいいのですが、それでも間違いは間違い。
間違ったことそのものは仕方ないとして、ここで間違いに気付いて修正できれば、次回から正確に読める可能性が高くなります。


1.第10回 (9月下旬号) 『あなたに似たひと』② 悪訳編

the balls(足指のふくらみ)など丹念に辞書を引かないと誤訳しそうな単語も正しく訳している。

私はなんとなく“かかと”かな、なんて思って読んでいました。
ちゃんと調べないと!


2.第43回 (6月上旬号)『翻訳教育のススメ』 その1

(―Roald Dahl, Roald Dahl Collected Stories, p.)

  • Briskness, he had decided, was the one common characteristic of all successful businessmen.
  • てきぱきとした態度こそは、成功した実業家すべてに共通した、ひとつの性格なのだと心に決めていた。


確かに「心に決める」という表現はあるが、「もうあの人とは会わないと…」とか「絶対弁護士になってやるんだと…」といった、自分が決意し、自分の意志で実行可能なことについていうのが普通。ここは「こういうものだと」思い込むわけだから、「…の性格」とはコロケーションが悪い。decide に引きずられ「決める」としたのだろうが、この decide は「判断を下す」という意味。

これは以前に〔decide (結論を下す)〕という記事で紹介したことがあります。
結構頻繁に出てくる意味ですね。

  • Langdon had already decided that Vittoria's form-fitting shorts and blouse were not bulging anywhere they shouldn't have been. Apparently the guard came to the same conclusion.


―Dan Brown, Angels & Demons, p.146

decide=come to a conclusion」ということが分かります。


3.第16回 (9月下旬号)『ジョージ・ポーギー』 その1

(―Roald Dahl, Roald Dahl Collected Stories, p.)

  • My features were regular,
  • 私の容貌は人並みである。


[解説]
regular は多義だが、ここは「均整のとれた」。

「普通」だと思って読んでいましたとも!


4.第24回 (1月下旬号) 『ほしぶどう作戦』

(―Roald Dahl, Roald Dahl Collected Stories, p.)

  • We had been walking steadily for about forty minutes and we were nearing the point where the lane curved round to the right and ran along the crest of the hill towards the big wood where the pheasants lives.
  • もう四十分も休まずに歩いていたので、小道が右にカーヴして、丘の頂上を、雉子が棲息している大きな森へとつづいているあたりに近づいていた。


[解説]
crest は(1)頂上、(2)尾根、だが ran along するのだ、(2)をとる。

これも頂上という意味で疑わず。
丁寧に読んでいたら、意味が通らないことで辞書を引けていたかもしれません。

翻訳テクニック

普段洋書を読んでいるときはいちいち日本語に訳したりしないわけですが、いざ日本語にするとなるとどういう表現が一番しっくりくるのか、という点は練習しないとどうにもなりません。
この辺が多読と翻訳の最大の違いですよね。
(和訳できなければ正しく読めているとはいえない、という説が半分しか正しくないのもこれが理由です。)


1.第5回 (3月上旬号) 『天国への上り道』

(―Roald Dahl, Roald Dahl Collected Stories, p.)

  • ‘And what’s wrong with combs, may I ask?’ he said, furious that she should have forgotten herself for once.
  • 「櫛で悪かったな、え」一瞬、夫人がわれを忘れるほど、良人は怒った。


[解説]
should have forgotten は
(1) 過去の反実仮想(《本来であれば》気を失ってしまったことだろうに)
(2) 過去の推量(気を失ったのだろう)、
のうち(1)。
「彼女が意識を失ってしまいかねなかったほど怒って、彼は言った」のだ。

すごく勉強になります。
仮定法というと、たいていは判を押したように「〜しただろうに」という訳しかでてきません。
でも、我々が普通に使う日本語で「〜しただろうに」なんてまず言いません。
もっとありふれた言い方をするなら「あやうく〜しかけた」みたいな言い方が普通じゃないでしょうか。


だから、
...When Theda would have left the room...‐WordReference.com

  • Hector, aware of the change, sat up on the bed, following the direction of his mistress's altering gaze with his head cocking, in an air of puzzlement, from side to side. When Theda would have left the room with a pile of soiled linen, the cracked voice stayed her, "Wait!" Theda turned at the door.

であれば、「Thedaがまさに部屋を出ようとしたその時に」とでも訳すのが“翻訳”だと思います。
これは「〜しただろうに実際は〜した」という紋切り型の英語学習でよくでてくる日本語訳とは全く違います。

  • I never thought of the incident. It happened. It was over. It could have been worse.

―Paul Auster, I Thought My Father Was God, p.113

こんなのも、起きちゃったことに対して、「もっと悪くなったかもしれなかったのに」という反実仮想専用の日本語訳があります。
でも、「あやうく、一歩間違えば、もっと悪くなりかねなかった」「悪くなってもおかしくなかった」という方が普通の日本語ですよね。


2.第8回 (4月下旬号) 『ビクスビー夫人と大佐のコート』
the poor devil”を「哀れな亭主」と翻訳している日本語訳に対して、

心情をあらわす形容詞は副詞化するとよい。「可哀想に亭主を」

こんなちょっとしたところも参考になりました。

前置詞の話

ダールの短編集を読んで思ったことは、とにかく前置詞の使用頻度が半端ない、ということ。
とにかくこれでもかこれでもか、というくらい前置詞がたくさん出てきます。


1.第50回 (11月号)『告別』NUNC DIMITTIS 1誤訳編

(―Roald Dahl, Roald Dahl Collected Stories, p.)

  • I shook my head, quite unable to answer. She turned away abruptly and placed the brandy glass on a small table to her left;
  • 私は首をふった。とても答えられるものじゃない。と急に、彼女は向うをむくと、左の方にあるちいさなテーブルに、ブランディ・グラスを置いた。


[解説]
英語の叙述の特徴として、場面を狭めてゆくことが多い。
…(中略)…
ここも同じで、グラスを置く→小さなテーブルに→自分の左に。

私は情景描写や位置関係を表すシーンで前置詞が多用されると、いつも正確に読めなくなります。
要するに前置詞がちゃんと分かっていないわけですが、このシリーズを読んで少し自信がつきました。


2.第13回 (11月上旬号) 『兵隊』1

(―Roald Dahl, Roald Dahl Collected Stories, p.)

  • And a long silence now, the man standing errect, motionless, the woman sitting motionless in the bed, and it was so quiet suddenly that through the open window they could hear the water in the millstream going over the dam far down the valley on the next farm.
  • ながい沈黙がやってきた。男は直立不動の姿勢で立っている、女も身動きひとつしないで、ベッドに坐ったままだ。急に静かになったものだから、水車堰の水がダムをこえて、農場につづく谷へと流れおちてゆくのが、ひらいた窓から聞こえてくるのだった。


[解説]
正しい読み方: 水車用導水路の流れが、向こうにあるダムに行く→そのダムははるか離れた谷間の底にある→その谷は隣の農場に隣接している。

これも同様に位置関係を表すパターン。


3.第1回 (1月上旬号) 『女主人』 その1

(―Roald Dahl, Roald Dahl Collected Stories, p.)

  • ... it was about nine o'clock in the evening and the moon was coming up out of a clear starry sky over the houses opposite the station entrance.
  • (バス駅へ着いた時にはもう)夜の九時、駅の出口の、向い側に並んだ家々のかなたから、澄み切って星々の輝く夜空へと、月が上ってゆく所だった。


[解説]
「家々のかなたから…夜空へと」では、家並のずっと奥から夜空目指して月が出てくる、みたいだ。
over は、「全面的に覆って」の意味の前置詞。芝居の書割のような家並みの上に大きく夜空が広がっている様が感じられる。
come up は、「(太陽・月が)上る」の意味もあるが、ここは次の out of 「(運動・位置)中から外へ」と合わさり、「浮かび上がる」とするのが順当。「屋根の連なりの上に広がる夜空。その中から月がグイっと浮き出そうとしている」のだ。

またまた位置関係。
こういう英文をさらっと読んで、イメージがパッと浮かぶようになりたいです。


4.第6回 (3月下旬号) 『牧師のたのしみ』 その1

(―Roald Dahl, Roald Dahl Collected Stories, p.)

  • The hawthorn was exploding white and pink and red along the hedges and the primroses were growing underneath in little clumps, and it was beautiful.
  • 山査子は生け垣にそって、白い花、桃色の花、赤い花、が咲き乱れ、桜草は小さな茂みの下で伸びてきて、それがまたなんともいえない。


[解説]
…(中略)…
「下で伸びてきて」は underneath、in を共に前置詞ととったためのあやふやな訳(特例を除き、前置詞が重なることはない)。
自動詞+副詞+前置詞+名詞の形は、副詞で大まかな位置、前置詞句以下で具体的な場所を示すのが通例。「下のほうに」具体的には「小さな塊で」。

underneathって副詞の意味もあるんだ!
知りませんでした。


5.第9回 (9月上旬号) 『あなたに似たひと』1 誤訳編

(―Roald Dahl, Roald Dahl Collected Stories, p.)

  • We stood there waiting and we could see the lights of the cars as they came round the bend over to the left, coming towards us with the tyres swishing on the wet surface and going past us up the road to the bridge which goes over the river.
  • われわれはタクシーを待ちながら立っていた。左手の角を曲がって近づき、タイヤで水しぶきを散らしながら、目の前を通過して、川にかかった橋のほうへ遠ざかって行く車のライトが見えた。


[コメント]
元訳だと、「我々が道路に向かって立っている。その左手の先がカーブしている」と読める。
でもここ、細かく読めば、車がカーブを曲がってやってくる(they came round the bend)、向こうからこっちへ(over)、左方向に(to the left)、だから、「右手先の奥のほうから、車はこちらに向かってくる。右手手前あたりで、カーブを切り、我々の目の前を過ぎ、ずっと左にある橋のほうへと進んでゆく」ととるのが順当。

この手の位置関係を示す表現を一度読んだだけでパッとイメージできる人がいたら尊敬します。
おそらく自分で自由にこういった表現を使いこなす能力がないと、瞬時にイメージすることは難しいんじゃないでしょうか。


6.第25回(2 月上旬号) 『ほしぶどう作戦』2

(―Roald Dahl, Roald Dahl Collected Stories, p.)

  • The lane ran right up to the wood itself and then skirted the edge of it for about three hundred yards with only a little hedge between.
  • 小道は森までまっすぐにのびていて、それから森のへりを三百ヤードばかりつづいているが、そこは道の両側に生垣がまばらにあるだけだ。


[解説]
between は副詞で「間に」。小道が森のところまでまっすぐに伸び、突き当たったところで300 ヤードばかり森の縁を回りこんでいる。一つづきの低い生け垣が、森と小道の間を隔てていることになる。

私は何回か繰り返し読まないとこういう表現を映像としてイメージできません。
同時通訳の人がやるように時間差なしですぐさま日本語に置き換えるなんて雲の上の話ですね。


7.第3回 (2月上旬号) 『ウィリアムとメアリイ』 その1

(―Roald Dahl, Roald Dahl Collected Stories, p.)

  • ...; and my plans would not involve touching you at all until after you are dead.
  • 「きみが死んだあとまで、きみに干渉するといったことは、わしの計画には入っておらん。」


[解説]
「死んだあとまで干渉しない」でなく、「死んでしまうまで干渉しない」→「死ぬまでは一切手をつけない」といっている。
afterがうるさい感じだが、you are dead だけでは「死んでいる」のか「死んだ」のかがあいまいなので、時間の前後関係をあらわす前置詞afterを前に入れたもの(この場合after以下は、名詞句。until は前置詞と取るのがよいだろう)。
例:until after dark(日が暮れてしまうまで)。would は仮定法過去(現在から未来にかけての仮想)で、条件に当る部分が省略されている形。

例が分かりやすいです。

ちょっと微妙なものも

逆に、この誤訳シリーズの説明を読んでいて、おや?と思ったところもあげておきます。


1.第16回 (12月下旬号) 『南から来た男』1誤訳編

[ストーリー]
…(略)…ホテルの部屋でのこの賭けの最中、ひとりの中年女性が飛び込んできて、ロールスロイスは自分の持ち物、この男からは自分がすべてを賭けで取り上げたのだ、と言う。車の鍵を受け取るその女の手を見やると、指が一本しか付いていない…。


これは原文で、

  • I can see it now, that hand of hers; it had only one finger on it, and a thumb.

(―Roald Dahl, Roald Dahl Collected Stories, p.191)

となっているので、付いている指は親指含めて2本ですよね。
あと、ロールスロイスじゃなくてキャデラックでは?


2.第2回 (1月下旬号) 『女主人』 その2

(―Roald Dahl, Roald Dahl Collected Stories, p.642)

  • 'Eton schoolboy?' she said. 'Oh no, my dear, that can't possibly be right because my Mr Mulholland was certainly not an Eton schoolboy when he came to me....
  • イートン校の生徒ですって?」と彼女はいった。「いえいえ。ここへいらしたとき、マルホランドさんは確かにイートン校の生徒じゃありませんでしたもの、そんなはずはありませんわ。…


[解説]
not possibly は、「先ず…でない」。日本語でも「そういうことは先ずないですね」と言った場合は、「絶対にない」の婉曲な言い方であるが、この not possibly も同じで内容的には「絶対に…ない」。これと cannot + 動詞「…のはずがない」が合わさったもの。

can't possibly”と対応している日本語は「そんなはずはありませんわ」の箇所なので、この指摘自体無効では?

疑問点など

自信はないけど、ちょっと違うのでは?と思ったところ。


1.第4回 (2月下旬号) 『ウィリアムとメアリイ』 その2

(―Roald Dahl, Roald Dahl Collected Stories, p.477)

  • ..., and a few minutes later, I might easily get the feeling that my poor bladder... you know me...was so full that if I didn't get to emptying it soon it would burst.
  • それから二、三分たって、私の膀胱…お前は知っているだろうが…いっぱいになりすぎて、もし膀胱をからっぽにしなければ、爆発してしまいそうだといった感じをかんたんに持つかもしれない。


[解説]
これも、そんなに重い意味ではない。はしたないことを言及するので、緩衝的に入れたあまり意味のない言葉。
「いいかい」「そうだ」「うん」など

you know me”はやっぱり「お前は知っているだろうが」という意味合いで言っているのじゃないでしょうか。
you know”が特に意味もなく会話で乱発されているのと同じくらい、“you know me”も意味なく乱発されている例が欲しいところ。


2.第19回 (11月上旬号)『暴君エドワード』1

(―Roald Dahl, Roald Dahl Collected Stories, p.)

  • And after that---well, a touch of Liszt for a change. One of the Petrarch Sonnets. The second one---that was the loveliest---the E major.
  • そしてそのあとは---そうね、変化をもたせてリストの小品。『ペトラルカのソネット』のなかの一曲。それも二番目---これがいちばんすばらしいから---のホ短調


[解説]
for a change はイディオム「気分転換に」。

確かに“for a change”は辞書で調べると「気分転換に」という訳があてられています。
でもどっちかというと「たまには」の方がしっくりこないでしょうか。


3.第21回 (12月上旬号)『暴君エドワード』3 表現編

(―Roald Dahl, Roald Dahl Collected Stories, p.440)

  • On the other hand, she didn’t think much of the author’s methods of grading.
  • ところで、彼女は作者の分類法についてあまり考えていなかった。


[解説]
「考えない」のでなく、「顧慮しない」の意味を採る。
修正訳 ところで、彼女は作者の再生格付けに注意を払っていなかった。

ここは作者F. Milton Willisの説を主人公が否定するシーンなので、“think much of”で「作者の分類を大して信じていなかった」という意味なんじゃないかと思います。


4.第1回 (4月上旬号) 『味』1 誤訳編

(―Roald Dahl, Roald Dahl Collected Stories, p.)

  • ‘Now we can start to eliminate,’ he said. ‘You will pardon me for doing this carefully, but there is much at stake. Normally I would perhaps take a bit of a chance, leaping forward quickly and landing right in the middle of the vineyard of my choice.
  • 「では、消去にとりかかるかな。念入りにやらせていただきますよ。おまけに賭ときている。ふだんなら、ちょっとしたチャンスをきっかけに、思いきってとびこんでいって、こうとにらんだ葡萄園のどまんなかをピシッとおさえられるんだが。」


[解説]
at stakeは「問題となって」

賭けの対象が「家2軒vs娘の嫁ぎ先」というとんでもなく大きいものになったことを指して“much at stake”と言っているのでしょう。
だから、「なにせこいつは半端な賭けじゃないですからね」とか「お互い、負ければ失うものが大きいですからな」みたいな訳になるのではないでしょうか。


5.第38回 (3月下旬号)日英語の誤差

先日も、大リーガー松井秀喜の球団移籍のニュースが流れたが、NHKのキャスター(日本のニュース司会者が「キャスター」と呼べるかどうかは疑問もあるが)は、移籍先の監督のコメントを「中堅としての活躍を期待する」と伝えた。監督の同じ言葉をテレビ朝日では、「中核として期待している」としていた。「中堅」と「中核」では随分印象が異なるが、原語は何か。core であれば「中核」だろうが、middle であれば「中堅」がふさわしかろう。誤訳とまではいえないが、どちらかが語義の選択が甘い、といえそうだ。

外野のCenter fielder(中堅手)という意味で言ったという可能性はないでしょうか。
いや、もちろん真相は分かりませんけど。


6.第1回 (1月上旬号) 『女主人』 その1

(―Roald Dahl, Roald Dahl Collected Stories, p.638)

  • 'I should've thought you'd be simply swamped with applicants, 'he said politely.
  • 「泊る人が殺到してお困りなんじゃないかと思いましたが」と彼はていねいにいってみた。

[解説]
should have p.p は、(1)…すべきだったのに(過去の反実仮想) (2)…したことだろうに
(過去の仮定推量)で、ここは(1)。simply は強調(=very)。

直訳 「泊まりたい人が殺到するはずだと、思いやるべきでしたのに」
意訳 「忙しくしてらっしゃるのに僕なんかが来てすみません」


この文の前の部分から読んでいくと、

  • There were no other hats or coats in the hall. There were no umbrellas, no walking-sticks―nothing. "We have it all to ourselves," she said, smiling at him over her shoulder as she led the way upstairs. "You see, it isn't very often I have the pleasure of taking a visitor into my little nest."

(―Roald Dahl, Roald Dahl Collected Stories, p.638)

「他の客がいる様子がない、“私たちだけね”と女主人が言った、“お客さんがあまり来ないのよ”」と書いてあります。
なので、

  • 'I would've thought you'd be simply swamped with applicants,'

ということで、「(こんだけ宿代が安いんだから)宿泊客でいっぱいだと思いましたよ。(実際には混んでなかったですけど)」という意味なのでは?


7.第2回 (1月下旬号) 『女主人』 その2

(―Roald Dahl, Roald Dahl Collected Stories, p.643)

  • 'That parrot,' he said at last. 'You know something? It had me completely fooled when I first saw it through the window from the street. I could have sworn it was alive.'
  • 「あのオウムですけど」と、とうとう彼は口をだした。「どうでしょう?ぼくは窓からのぞいてみた時から、だまされてたような気がするんですが、あれ、生きてるんでしょう」


[解説]
後半のセリフの訳全体が間違っている。You know something? は話を切り出す決まりきった言い方で、「あのね」「いいですか」。had fooled だから、「わたしを完全にだました」
→「わたしはだまされた」のだ。この仮定法過去完了は、過去の仮定の推量「(人にあのオウムのことを生きているかどうかと問われていたら)生きていると誓ったことだろうに」
「いいですか。僕は窓から覗いたときすっかりだまされました。生きていると言われれば、そう信じたでしょう」

ここも同じで、「いまのいままで、絶対生きてると思ってましたよ」というのが正しいと思います。

元の翻訳で微妙なところ

引用・紹介されている翻訳のなかにも微妙なところがありました。


1.第7回 (4月上旬号) 『牧師のたのしみ』 その2

(―Roald Dahl, Roald Dahl Collected Stories, p.)

  • I’ve got a rather curious table in my own little home, one of those low things that people put in front of the sofa, sort of a coffee-table, and last Michaelmas, when I moved houses, the foolish movers damaged the legs in the most shocking way....
  • 私の家にはたいへん不思議なテーブルがありましてね、ソファの前に置いたりする、高さの低いやつで、コーヒー・テーブルみたいなものですが、去年のミカエル祭に引越しをしました時、頓馬な運送屋がテーブルの脚をすっかりめちゃくちゃにしてしまった。

one of those”と言っているので、相手に全く新規のものとして説明するのではなく、「ほら、よくあるあれですよ、あれ」みたいに、話者が相手も知っていると思っていてある程度話せばピンと来るんじゃないかと期待しながら話す言い方じゃないでしょうか。
「私の家にはたいへん不思議なテーブルがありましてね、ほらよくソファの前に置いたりする、高さの低いやつで、コーヒー・テーブルみたいなものがあるじゃないですか」


2.第1回 (4月上旬号) 『味』1 誤訳編

(―Roald Dahl, Roald Dahl Collected Stories, p.)

  • Mike Schofield was an amiable, middle-aged man. but he was a stockbroker. To be precise, he was a jobber in the stock market, and like a number of his kind, he seemed to be somewhat embarrassed, almost ashamed to find that he had made so much money with so slight a talent.
  • マイク・スコウフィールドは、おとなしい中年の男だった。だが、彼は株式仲買人で、正確にいうと、取引所の株式売買商だった。ちょっとした才覚で、小金をためこんだのを人にさとられるのが---これはいかにも彼の気性にふさわしいのだが、なんかきまりのわるさを感じもし、はずかしいようにも思われるのだ。

so much money with so slight a talent”で対句ですよね。
「たいした才能もないのに大金を稼いだこと」とするべきでは?


また、“like a number of his kind”というところも、株式仲買人全般のことを指していて、「株屋なんてのはたいした才能もないのに金をしこたま稼いでやがる」というダール流の皮肉なんじゃないかと思うのですがどうでしょう。


3.第12回 (10月下旬号) 『ああ、甘美なる生命の神秘よ』

(―Roald Dahl, Roald Dahl Collected Stories, p.782)

  • ‘So what you’re saying,’ I said, ‘is that the sun exerts a pull of some sort on the female sperm and makes them swim faster than the male sperm.’
  • 「つまり、太陽にはメスを作る精子を引き寄せ、オスを作る精子よりも早く卵子に到着できるようにする力があるということか?」

pull”は「引力」でいいのでは?
「メスを産む精子に太陽の引力が作用して」


4.第12回 (10月下旬号) 『ああ、甘美なる生命の神秘よ』

(―Roald Dahl, Roald Dahl Collected Stories, p.782)

  • Suddenly Rummins seemed to have had enough. 'You’ll have a heifer calf for sure,’ he said, turning away. ‘Don’t you worry about that.'
  • すると、もう十分だとばかりにルミンズから急にやる気が失せた。「とにかくおまえさんの牛がメスを産むのは確かだ」そう言うとルミンズは踵を返した。「心配はいらん」


[解説]
この have enough は(1)十分やった (2)もううんざり、のどちらだろう。 前の ‘I see your point.’ が鍵になる。「あなたの論旨はわかりました」( see the point は「要点が分かる」)→「なるほどね」。元訳では、喧嘩して気まずくなったみたいだ。enough は「十分な量」という名詞。言うべきことは言ったし、相手も半信半疑ながら一応は納得した様子なのを良しとし、さあ仕事に戻るから、この件、これにて終了といったところ。意訳が必要だろう。
修正訳 すると、さきほどの怒りは消え、急にやさしく私にこう言った。


have enoughはこんな感じで

  • I guess my father had had enough, for the next thing he did was shout at Mr. Bernhauser and tell him to drop dead.

―Paul Auster, I Thought My Father Was God, p.226

もうたくさんだ、我慢の限界を超えた、という意味で使われますよね。(もちろん“十分やった”という意味もありますが)
そして、元の例では“turning away”と書いてあるので決して友好的ではない、やはり「もう十分だとばかりに」という訳が正しいと思います。


5.第12回 (10月下旬号) 『ああ、甘美なる生命の神秘よ』

(―Roald Dahl, Roald Dahl Collected Stories, p.782-783)
‘Is there any reason why this shouldn’t work with humans as well?’
‘Of course it’ll work with humans,’ he said. ‘Just so long as you remember everything’s got to be pointed in the right direction. A cow ain’t lying down you know. It’s standing on all fours.’
‘I see what you mean.’

  • 「人間にも同じことが言えるのかい?」「もちろん。人間でも同じさ。正しい方向を向くのを忘れなければな。ただ牛は横になったりしない。四足で立っているんだ」「言いたいことは分かった」

ここは場面としては笑うところ。
意味としては「ははあ、なるほどね」みたいな感じですね。
主人公の頭の中ではパズルのピースが組み合わさり始めてるんだけど、それを表に出さず今までと変わらずにdeadpan/straight faceで受け答えするから面白いわけです。
「確かに」みたいなシンプルな訳でいいのでは?


6.第12回 (10月下旬号) 『ああ、甘美なる生命の神秘よ』

(―Roald Dahl, Roald Dahl Collected Stories, p.783)

  • Rummins laid his head to one side and gave me another of his long sly, broken-toothed grins.
  • ルミンズは首をかしげ、欠けた歯をのぞかせてずる賢そうにニヤリと笑った。

another of”は「例の・いつもの・得意の」という感じじゃないでしょうか。






〜感想〜
読む英文すべてを逐一日本語の文章にする必要はもちろんありませんが、こんな風に日本語と比較してみるといままで当たり前だと思って気付かなかったことが見えるようになります。
また、我々はみんなどうしても学校で教わった紋切り型の表現がパッと思い浮かぶように刷り込まれてしまっていますので、英語表現を見たら普段日常生活で使う日本語のイメージが出てくるように修正するチャンスにもなると思います。
たま〜にでいいから、原文と和訳とを比較するのもいいものですね。