痛快で分かりやすいエピソードは参考にならない

英語に関する話を読んでいるといろいろなエピソードが登場します。
他の人の成功体験を見ると、そこから自分にとって何かヒントになるようなものはないかどうか気になって読んでしまいます。
そんな中、非常に派手で痛快な、分かりやすいストーリーが繰り返し語られていることに気付きました。
まずは実例をご覧ください。


1.痛快なエピソード 基本編
英語リスニング力・英語スピーキング力向上 英語習得体験記

その間も、今までの英語の勉強方法を続け、最終的に、
TOEICは950点を取ることができました!
映画鑑賞?
もちろん字幕なしです。
(吹き替えなんて、もってのほかです。)
家では、主人と3歳の息子と英語だけで生活しています。
主人との喧嘩も英語(笑)。
息子を叱るときも英語。
自分の意思を英語で表現するのに困ったことはありません。


受講生の声‐渋谷でプライベート 英会話レッスン

大手英会話スクールにも何校か通い、通信教育やラジオ英会話などもやりましたが、生徒同士のロールプレイングやトピックにそったレッスンに今ひとつ物足りなさを感じていました。
…(中略)…
海外生活経験の無い私ですが、今では簡単な映画なら字幕無しで、時には「帰国子女ですか?」と言われるほどに成長出来たのも彼のレッスンに出会えたからだと思います。


2.痛快なエピソード 応用編
TOEICって意味あるの?教えて!goo

私も英語暦10年以上、英会話はホームステイ、外資系企業で使ってました。
一応、AEONやNOVAなどの英会話教室の会話レベルテストでは上から2番目と言われます。ペラペラしゃべれますが、最後に受けたスコアはなんと570点。


トナオ タイムズ

そんなわけだから「帰国子女?」とよく聞かれるらしいし、僕もそう尋ねたんですけど、海外ステイは英国の大学に留学した経験のみ。外人さんにもよく「どこで英語を習ったんだ?」と聞かれるので、そういうときは「オン・ザ・ロード」と答えるんだって。カッコいいね。
「学生時代にアメリカをあちこち旅して、そのときに場当たり的に身につけただけ。もし僕に少しだけ秀でているところがあるとすれば、耳がいいってことくらいですよ」。本人、謙遜しております。
それでも映画は字幕なしでオッケー。生まれながら語学に長けてる人っているんですね。


TOEIC800点以上の人って、英語が話せますか?発言小町

以前,夫の転勤でアメリカに住んでいた時に,外国人婦人を集めたサークルで,簡単な英語レッスンを受けたことがあります。
そのときの先生のお言葉です。
「日本人はペーパーテストはすっごい高得点なのに,しゃべれないのね。
移民の方達は,ペーパーはまるでダメだけど,ちゃんとしゃべれるのに。」


TOEIC800点以上の人って、英語が話せますか?発言小町

私の場合、TOEICのスコアは恥ずかしながら500点にもいってません。
でも、業務の都合で海外を飛び回っております。
最初の海外出張の時には業務上の打ち合わせで苦労もしましたが、
一般的なコミュニケーションで苦労したことはほとんどありません。
日ごろの会話から食事の席での雑談に関しても苦労をしたことはありませんね。
TOEICのように目に見える点数として現れるものが評価には必要なのだと思いますが、実際に話したり、聞き取ったりするのは実践しかないと思います。


TOEIC800点以上の人って、英語が話せますか?発言小町

5年程前のTOEICで795点という非常に中途半端な点数を持ってます。リスニングはほぼ満点だったと思います。映画とかドラマを見る分にはあんまり困ってません。アナウンスもテレビも問題なくわかります。欧州で暮らしてます。生活には問題ありません。欧州で引越してすぐに警察とケンカしました(英語で)親戚付き合いで要らないことを言われても皮肉っぽいカエシもニコニコ出来ます。


TOEIC900点代。でもしゃべれません(泣)発言小町

私の友達は海外で会社の会議に(もちろん英語で)出席しているそうですが、TOEICのスコアは400点ぐらいだそうです。先日、TOEICの問題を外国人の英会話の先生に一問でけですが解いてもらった結果×でした。


日本人は何故英語が下手なの?

従来の四択TOEICで900点超を持ってても実用レベルの英語が出来ない人は多いよね。
逆にネイティブと喧嘩できるくらいの英語の達人でTOEICを受けさせたら800点程度って人もいる。


日本人の英語は訛っているのか?‐北浦健伍の出直しブログ

ちなみに俺がどんなレベルの英語を話しているのかというと、多分中学生英語のレベルでしか使えていないと思う(笑)
でもそれで十分コミュニケーションを取れるどころか、冗談も言い合えるしけんかも出来る♪


これが、繰り返し語られる英語痛快エピソードの代表例です。
もう一回試験受けてみたらもっといい点とれるんじゃないの?とか、自己評価甘いんじゃないの?とかそういった疑問は今回は問題ではありません。
重要なのは、こうした分かりやすいストーリーが出てくる背景にあります。

分かりやすい対比が好まれる

日本人ならたいていは学校で英語を勉強して、でも結局英語はしゃべれるようにならないまま大人になるというパターンが多いんじゃないかと思います。
ところが世の中には、すでに例示したように学校で勉強するような伝統的な英語を土台とせずに、それでいて英語が使えるようになる人がいるらしいのです。
ここに一つのアピールポイントがあります。


また一般的に、学校で勉強する英語は評判が悪く、特に文法暗記・訳読中心の指導方法は役に立たないものの代名詞となっています。
試験としてのTOEICを過剰に評価する人がいる一方で、TOEICは英語が使えるかどうかの指標としては全く何の役にも立たないと考える人もいます。


こういう人たちは、「学校英語vs実用英語」という構図で英語を見ています。

学校で勉強する英語 コミュニケーションのための英語
役に立たない英語 実用的な英語
TOEIC高得点 必ずしもTOEIC高得点ではない(むしろ低い)
試験の点数で数値化できる 試験の点数で数値化できない
文法至上主義 文法は不要(むしろ害)
勉強として暗記する 実践の中で自然に身に付ける
書き言葉 話し言葉


ここでは、「日本人は学校でネイティブにも通じないような古臭い英語をひたすら勉強するばかりで、いつまでたっても実用的な英語が身に付かない」というストーリーができあがっています。
このため、実用的な英語を使える人が文法を全く理解していなかったりTOEICの得点が低かったりすると、エピソードとしては非常に魅力的に映ります。


片方では、文法も知らないし資格試験ではその能力は測れないけど立派に英語を使いこなせる人がいる。
その反対側にほとんどすべての日本人、すなわちお勉強としての英語を中高で6年も続けてさらに社会人になったらTOEICに必死になって、それでいて満足に英語も話せない人がいる。
この対比はとても分かりやすく痛快です。


このような学校英語vs実用英語という図式は正しい面もあるでしょうが、実際にはこんな風に二分して捉えること自体が間違っています。
ところが、英語が話せるようになったらカッコいい、とりあえず勉強する気はないけど、という層にはこうした分かりやすい構図・分かりやすいストーリーが必要なのです。

“英語力”はどうやって測るのか

どれだけ英語資格試験の点数が良かったとしても、英語を話せなかったり英語母国語話者の話していることが聞き取れなければ、世間基準ではあっさりと英語ができない人だと判断されてしまいます。
しかし、英語を話せたり英語母国語話者の話していることが聞き取れるならば、試験の点数がどれだけ悪くてもその人の“英語力”評価には影響しません。
特に、“英語がペラペラ、ネイティブの言ってることもきちんと聞き取れるけれども試験の点数は悪い”というエピソードに魅力を感じる層から見れば、です。
文法至上主義やTOEIC至上主義ではなく、英会話至上主義とでもいえるでしょうか。


こうした二項対立の構図で英語を見ている人たちにとっては、英語ができるかできないかは試験の点数で判定できないので、代わりにさらなる分かりやすいエピソードを基準にして判定することになります。
その代表的な例が、

  • 英語でケンカできる
  • 映画を字幕なしで理解できる
  • 英語を話したら帰国子女/日系人/ネイティブと勘違いされる

というものです。


冒頭で引用したような痛快なストーリーの多くがこうしたエピソードを判で押したように繰り返し語るのは、あてにならない試験結果ではなく分かりやすいエピソードによって“英語力”を評価しようとしているのです。

まとめ

エピソードは、キャラ付けとしての分かりやすさ・派手さを求めるためなら効果的です。
特にネットの一行文化においてはお塩語録のような分かりやすくて派手なエピソードは最高でしょう。
TOEICで満点もいいけれど、それよりもガイジンと英語で喧嘩したりネイティブと間違われたりしたという逸話一つで、その人がいかに英語が得意なのかを雄弁に語ってしまう(ような気がする)ものです。


しかし、それが議論のためであるならば、エピソードは普遍性を導けるものでなければ意味がありません。
そして、分かりやすいエピソードの多くが普遍性を持たない以上、議論のためにエピソードだけで全てを語るのは避けるべきなのです。


このように痛快で分かりやすいエピソードは、学習法の参考にもならないし、単体では議論の役にも立ちません。

エピソードを刷り込まれる人々

世の中広いもので、なんとサブリミナルメッセージで英語が出来るようになる教材があるようです。
英会話学習.com

私は、帰国子女並の英語力を身につけている。
私は、いつも「英語がお上手ですね。」とほめられる。

…(中略)…
私は、ネイティブ並の英語力がある。
私は、映画を字幕なしで観ることができる。

…寝る前にベッドに寝そべりながらこれを聞けば、リラックスしてしっかり英語脳を作りながら眠りにつくことが出来ちゃいます!


しかし、残念ながらこの教材の出番はなさそうです。
なぜなら、日本人は少しずつ「・・・ネイティブ・・・帰国子女・・字幕なしで・・・英語ができる・・」というメッセージを“痛快なエピソード”を通じて刷り込まれつつあるからです。